
| 二宮金次郎(3) 桜町領の再建 さて、桜町領は・・・かなり悲惨というのを通り越していたようです。宇津のお家の実情は石高4000石が名目です。この旗本の宇津氏は小田原城主大久保忠朝の三男からはじまります。まあ名家なわけです。財政の方はといえば、宇津家は知行取りですからこの桜町領の年貢を取り立てそれを収入とするわけです。知行地の石高は4000石ですから、実収入は四公六民の原則からすると1600石つまり4000俵の手取りがあるはずですが、残念なことに、領地は荒廃しおよそ1000俵を切る程度の収入がなかったようです。当時の資料では元禄11年(1698年)では人口2000弱ですが、文政5年(1822年)では人口749人に減っています。まあ、人口相応に衰退してしまったということなんでしょう。 桜町領は現在ではイチゴの栽培が盛んで生産高・収穫量ともに日本一なんだそうです。ということは土壌は肥料分が少ないやせた土地なんですかね?イチゴって肥沃な土壌だと葉ばかり大きくなってあまり収穫できないのでは?稲作の裏作ですよね? さて、当時の旗本の支配は結構いいかげんだったというか、小さな領地ですし、あちこち切れ切れに領地を与えられていますから大抵は陣屋か有力な村役人を在役に任命して行っていました。それでも知行規模が小さいので、一応旗本は幕府の軍役規定に応じた家臣を持たなければなりませんが、その家臣を日雇いにするとか結構江戸の初期ですら大変であったようです。そして、お金のかかる化政文化期には、窮乏し幕府御用の仰せ付けを受けられないまでになっていたものもあったようです。実際、宇津家は経済的に破綻し、主家の大久保家からの援助によってかろうじて旗本の体面を保っていたという状況であったようです。 さて文化5年(1822年)にこの桜町領の再建を引き受けるのですが、金次郎ははじめ固辞し、事前調査を願いでてそれを許され文政4年(1821年)4月に桜町領の調査に入ります。 調査結果は、実石高2000石、年貢収入は2000俵と言う平均値を得ます。しかし現状では1000俵の実収入となっていますから、これを宇津家の収入とします。まあ、この他に畑の年貢額を127両3分と算定し、この合計で宇津家をやりくりするというものでした。これを10年行った上で、10年後より2000俵の年貢とするという再建案です。もちろん年貢換算で1000俵を超える収穫があっても、それは農民に還元するという厳しい再建案です。 まあ、現実には3000石程度の石高はあったようですが、それを2000石と考えないといやっていけないぞ!ということのようです。そして、この足りない分はもちろん開墾の奨励と税の減額で対応するわけです。 まあ、基本理念は、平均年貢2000俵のところを最低値の1000俵を基準に旗本の生活を切り詰めさせ、余剰分で開墾させ平均年貢を常に納められる状態まで高めようということのようです。 こうなれば、以前は余計に働いた分まで年貢で吸い上げられたものが、余計に働いた分だけ手元に残るという形ですから人間は働くというわけです。 人間は、自分の得になることにしか動かないということですかね?領主様に対しては?10年頑張れば収入は安定して倍になります。地力・民力が回復すれば、収入は名目の4000石つまり年貢が4000俵ちゃんと集まりますよ!ってそそのかしたんですかね? 何しろ、財政破綻していて借金する先がほとんどないような状態なんでしょうから夜逃げしないで10年後には収穫は4倍まで増えるかも・・・名君と言われるかも・・・なんって言われればね。 そして、この予備調査や根回しのあと、文政5年(1822年)9月に、金次郎は桜町領の陣屋へとやってきます。そして、ごくあたりまえのことを説きます。「収入を超えた支出をすると破綻する」というやつです。 そして、実を結んだのは補助金行政を行わなかったということのようです。経営不振にあえぐ百姓に大久保家からの資金提供は一切させませんでした。これは、なまじの資金供与があれば、その分でサボるというやつと、困ったときにはお金が入ってくるという依頼心を起こさせないためです。補助金は百害あって一利なしというわけでしょうね。確かに、構造改革を行うには一番正しい方法でしょう。まあ、税金の上限を低めに設定し、その上限を超えた分は収めた上できちんと戻し、それで開墾を奨励するというわけですからね。 人間は見栄っ張りですから、戻るとなればきちんと申告し、自分の稼ぎを見せびらかし、その戻り分で喜びを得るというわけですからね。 ただ、この方法もすぐには受け入れられなかったと思われます。それは人間には猜疑心があるからです。特に重税を課せられていたわけですから、如何に収入が少ないかを申し述べて年貢をまけてもらわないといけませんからね。上限を超えて収めたものが確実に戻ってくることを理解させ、納得しなければ猜疑心は消えません! さて、これはなかなか現代には適応するのは難しいですね。産業構造は複雑怪奇ですから。まあ、新規事業の補助訓ではなく、新規事業では事業税を10年間半額にするとかね。何か新しいことをして儲けた分に関しては減税措置をするとかそうでもしないと新規の事業ってリスクが大きいですからなかなかやってくれませんね。新規事業の補助金は・・・新規と称して旧来の事業の運転資金に化ける可能性が高いですから結局は無駄に終わる可能性が高いということでしょう。 やはり、余計に働き現実のお金に化かした人の取り分というものが、経済の活力を生み出すということなんでしょう。どうやら金次郎は人間を欲望の向くところに働くということを良く知っていたということなんでしょう。確かに欲って主義も違う不特定多数の人を動かす根本原理ですからね。 |